僕が仕事への情熱を失った理由と情熱を取り戻した理由


おっさんレンタルいっしーです。
 
今日は「僕が仕事への情熱を失った理由と、情熱を取り戻した理由」について書きます。

僕が仕事への情熱を失った理由

 
私は40代です。
実は私、最近、会社員の仕事に対して情熱を失っていました。
 
  • 「仕事を頑張っても忙しくなるだけで楽にならない」
  • 「上司は忙しく働いて成果を出している、でも家族と過ごす時間を犠牲にしている」
  • 「頑張ったときの、良い未来が描けない」
  • 「今の仕事に自分は向いていない(もっと向いている人がいる)」
  • 「他の分野に行ったほうが成果を出せるのではないか?」
 
40才を過ぎた辺りで、そういうことが浮かんできたのです。
 
さらに、極論を言えば、
 
  • 「偉人や成功者は、『仕事を頑張れ、努力せよ』って言うけど、そもそも、人生頑張る必要ってある?」
  • 「人はいつか死ぬ。人間の終わりなんて頑張ろうが、頑張るまいがそんなに大差ない」
  • 「努力することが素晴らしいというのは、いつのまにか社会に洗脳されているのではないか?」
  • 「成功なんて意味ないのでは?自分が納得し、今が幸せだと思えればそれでいい」
 
そんな事も考えたのです。
 
こんな私ですが、20代の頃は、仕事を頑張った時期もありました。
15年くらい前ですが、新卒で就職した会社では、残業250時間(労働でなく残業!)も経験しました。
 
システム開発に携わった方はご存知だと思いますが、いわゆる、火のついた修羅場プロジェクトも経験しました。
 
そんな中でも、20代の私は、プロジェクトを何とか成功させたいという熱意をもって仕事に臨んでいました。
 
決して、華やかなプロジェクトではありませんでしたが、私がプロジェクトメンバーとコミュニケーションを率先して取ることで、プロジェクトの雰囲気がどんどん良くなりました。コミュニケーションが活発になり、みんなで力を合わせて、プロジェクトを無事完了させることができました
 
30代以降も頑張って仕事をしていたのですが、結婚後、子供が産まれた辺りから、夫婦間の問題が現れてきました。
その後、これまでの人生で経験したことがない修羅場が訪れました。
頑張ってきた私としては全てを失ったような感覚になり、苦しみました。
私の中で、頑張ってもうまくいかなかった、という認知が作られました。
 
そんな経験から、
 
「そもそも、人生頑張る必要ってある?」
 
という、価値観が自分の中で芽生え始めました。
 
そして、40代になって、あらゆることを経験したいとおっさんレンタルを始めたのです。
 
ブログにも手を出しました。
 
金持ち父さん貧乏父さんを読んで、自分の働力を切り売りする働き方とは異なる働き方を知りました。
 
孔子の発展・拡大を目指す生き方ではなく、老子の水のように無理のない生き方に共感しました。
 
そんな中で、人生を頑張ることに疑問を感じ始めたのです。

僕が仕事への情熱を取り戻した理由

 
ところがです。。
 
先日、私はこの本に、カウンターパンチを食らったのです。
 
本のタイトルは「確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力
 
著者は、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の集客をV字回復させた伝説のマーケッターです。
 
読んだとき、食い入るようにメモを取りました。
 
その一節をご紹介します。
 
熱は人に伝わるのです。人々の中心に立つリーダーの圧倒的な熱量は、直接それに触れた人から、その部下や周辺へ、そしてそのまた周辺へ、拡散していきます。
最初の熱源が「熱い」のと「ぬるい」のでは、組織全体の体温に決定的な差が生まれます。後者では組織は低体温症になり、末端では凍りついて仕事をしない(できない)人が増えていくのです。
 
戦術の現場において、彼らの仕事が目的からズレている、あるいは期待値に達していない場合は、冷酷な鬼にもならねばなりません。
 
誰が泣こうがキレようが、重要なことは決して妥協してはならないのです。なぜなら目的に対して純粋に正しい選択をしないと勝つ確率が大幅に下がるからです。会社というところは結局、結果を出さないと部下や同僚の涙ぐましい努力に報いることができないし、結果がないと彼らを守ることが出来ないのです。
だったら、私自身はどれだけ煙たがられても嫌われても、勝つ確率の高い期待値にまで彼らの仕事のレベルを引っ張り上げることができる人間になりたいと思うのです。
 
人をどこかに連れていきたい人は、誰よりも「熱」を持っていなければならないと思います。なぜならば、ビジネスに於いて一人で達成できることなど一つもないからです。
 
成功するためには、純粋に「成功する確率が高い戦略を見つけられるか?そしてそれを選べるか?」ということ。
 
戦略レベルの議論に「感情」は要りません。
 
合理的に準備して、精神的に戦うのです。
左手には数字に裏打ちされた氷のような冷徹さを、右手には枯れることのない執念を燃やしたマグマのような情熱を、それぞれ両手に備えて、ようやく困難なゴールに辿り着く、私はそう考えています。
 
なぜ、私に刺さったのか、それは私が情熱を失い、凍りついて仕事をしない人になりつつあったからです
情熱を失ったことは、自分だけでなく周りの人の熱を下げていたかもしれないと思いました。
情熱を失った人は、周囲の熱を奪い、組織の発展を妨げるので、本当は組織にいてはいけないのです。
 
そもそもなぜ会社で働くのでしょうか?
一人だとできることが限られているからです。
大きな実績をあげようとすると、沢山の人が協力して成し遂げる必要があります。
 
そして、私はこう思いました。
もしかすると、情熱とは人と人をつなげるエネルギーなのかも知れない

人は熱量が大きい人に惹きつけられる
 
組織で働くなら、人の熱を奪うのではなく、自分が熱量放出の中心になって人に熱を与えよう
 
熱量の低い人に人はついて行かない
何かを成し遂げたい、自分が設定した目的地を目指したいなら、誰かの力が必要だ
そのためには、情熱がいる
 
自分のためじゃなくてもいい
誰かのため、あなたの近くにいる人のためでもいい
お客様、同僚やその人たちの大切な家族のためでもいい
その人たちの笑顔を見るために、熱を込めて、仕事をしよう

↓ものすごく良い本なので、是非買ってください。絶対損はしません。
 

 

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